橘芳 本との交友

読んだ本の整理を兼ねた本との交友録です。

長田弘『ことばの果実』

 

毎年遠方から野菜を送ってくれる友人に、今年はお中元として「読む果物」を贈ることにした。

それが本書『ことばの果実』だ。

自分用にも探してみたが、もうネット書店では扱っていないようで、復刊が待ち遠しい。

幸い新品が存在するときに手に入れられたので、箱詰めの果物のイメージで贈り物に。

24のことばの果実と、14のことばの花実が詰まっている贅沢な箱詰めだ。

題材となっているのは果物だけでなく野菜もあるし、笹の葉や、あんこまである。

なんといってもエッセイがよい。それぞれ味わい深く、印象深い。

それから、鮮やかな挿絵も話にピッタリで目に嬉しい。

さすが詩人というのか、長田さんが記す日本語は美しい。

「メイプルシロップ」や「ウォーターメロン」は、『食卓一期一会』で詩の題材になっていたが、本書ではその詩が解きほぐされて、エッセイとして丁寧に語られている印象だ。

読んでいて心地よい。文章にもときおり出てくるが、「きれい」な気持になる。

果物の表記が、平仮名なのか片仮名なのか漢字なのかも選ばれているように思う。

本書を何度も読んで思ったのだが、このエッセイ集を味わい深くしているのは最後の部分ではないだろうか。

最後に至るまでの文脈をとばして抜き出しても全体のよさが伝わらないとは思うが、3つだけ紹介。

(※せっかくの新品を開くわけにはいかないので、図書館の本を見て抜き書き)

 

「甘夏」P16

甘夏をまるっぽのまま皮を剥いて、一房一房食べる。ただそれだけのことが、実は一人でしかできないことだからだ。余言なく、一人、黙々と、人の視線に妨げられず、無我に口にできてこその、きれいな味。孤独というのは本当は明るいのだ。甘夏を欲するとき、人は甘夏のくれる明るい孤独を欲している。

 

「林檎」P80

時代は乏しかった。しかし至福の味の記憶をのこすのは、むしろ乏しい時代である。

 

「オリーブ」P84

案ずる夜には、赤ワインをもう一杯。塩漬けのオリーブの実をもう数粒。いまは酔うことはもとめない。よい時間をもとめこそすれ。

 

読むと題材の果物や野菜が食べたくなるのだが、それ以上に心が満足する。

果物はもちろん、普段当たり前に食べている、「もやし」や「にんにく」も愛おしくなる。

復刊求む。そしてもっと贈りたい。

本書は、ゆったりと味わって読みたい友人である。

 

※追記

昨年末文庫が発売されていました!嬉しいです。