橘芳 本との交友

読んだ本の整理を兼ねた本との交友録です。

トルストイ民話集『イワンのばか』他八篇

前回の友人『読書からはじまる』の中に書いてあったトルストイ『イワンのばか』(岩波文庫)が今回の友人です。

『読書からはじまる』には本書の8つの話のうちの「鶏の卵ほどの穀物」がとりあげられていました。

民話なので読みやすく、どの話も面白いです。

パウロ・コエーリョ『ピエドラ川のほとりで私は泣いた』の最初にも本書の「三人の隠者」がとりあげられています。また、伊坂幸太郎さんの『サブマリン』にもたしか「イワンのばか」がとりあげられていたかと思います。

米原万里さんが猫を飼うとなったとき、その猫のおバカな様子を見て、「ばかだから、名前はイワンだね」と家族で決めたエピソードが書かれたエッセイもありました。

多くの人と話すときに、共有できる話があると距離が縮まる気がします。そういう本の話がいろいろな人とできれば楽しいだろうなと思います。

さて、本書の「イワンのばか」はいろいろな訳の本があるかと思うのですが、私が持っている本書はとても古風な訳です。

翻訳に使われている言葉で、おおよその訳者の年代がわかると思うのですが、古風なのがなくならないでいてくれると嬉しいです。

例えば、スティーブマックイーン主演の映画「パピヨン」で、独房(「大脱走」みたいな気楽な独房ではない)のパピヨンドガ(ダスティン・ホフマン)が木の実をこっそり差し入れしたときについていたメモの日本語字幕で「おまえを忘れないやぶにらみの男より」というのがありました。

あと昨年スティーブン・キングの『IT』を読みました。何というか、全編にわたって人間性の欠落した人の狂気や不穏さが描かれていて緊張感があるストーリーなのですが、

 「✕✕は知らぬ半兵衛を決めこんでいる」

という箇所を読んで「………フブッ」となりました。あと「借金で乳首までつかっている」という書き方も、英語ではそういう表現があるのかもしれませんが、「首までつかっている」でもいいんじゃ(苦笑)となりました。でも、私は好き。

さて、イワン。一人称は「わし」です。イワンを困らせようとする小悪魔の描写や動きが不気味に感じました。

例えば、

P15  イワンが神さまという一言を口にするやいなやーー小悪魔は、水へ石を投げ込んだように、地の中へ飛び込んで、あとには、ただひとつ穴だけがぽつんと残った。

 

シュッという音まで聞こえてくる感じです。

なんてことない文のほうがゾクッとする時があります。例えば、吉村昭氏の『羆嵐』で羆の被害に遭った女性の旦那さんの

「おっかあが、少しになっている」

なんて、めちゃくちゃ怖いです。

今日はよく脱線します。

イワンを読むと、地道に働くことの偉大さがわかります。

決して揺るがないイワンのせいで苦戦する悪魔たちがなんだか気の毒にすらなってきます。

イワンのように明日からまた働こうと思います。

本書は何度読んでも新鮮な気持ちにさせてくれる友人です。