橘芳 本との交友

読んだ本の整理を兼ねた本との交友録です。

山本素石 ヤマケイ文庫『山釣り』傑作集

先日読み終わり、とても面白かった本です。

読書ができるようになりました。気づけば机の上に十数冊積んであり、自分でもわけがわからなくなったり脳が膨満したりする感じですが、とても幸せです。

本書はモンベル店舗内の本棚で見つけました。父が渓流釣りが好きで、拾い読みして面白そうだから父にあげようかと思い購入。結果、自分が大満足でした。プレゼントするかどうか迷ってしまうくらいです。

自分は不勉強で著者について初めて知りました。その世界では有名な人なのでしょうね。著者プロフィールに宗教家とあり、最初は一歩ひいて対峙してしまったのですが、そんな警戒は全く無用でした。

親しみやすく、山好きのかっこいいおっちゃんという印象です。ツチノコブームを引き起こしたお方なのですね。山へのあふれるばかりの愛は対象は違えど、なんだか牧野富太郎さんを彷彿とさせました。

私は釣りをしませんが、幼いとき山へ連れて行かれていましたので風景は思い描くことができました。そのまま教えてくれればよかったものを、釣りに夢中の父により山に放置されていたので残念ながら釣りの楽しさには目覚めませんでしたが、アマゴやヤマメ、イワナの美しい姿かたち、柔らかな手触り、においなどを思い出しました。特に、アマゴの赤い斑点やパーマーク、オレンジ色をおびたヒレを持つ美しい姿は普段の生活では決して見ることができないのだなと気づきました。何より美味しかったなぁ…と。

かといって釣りに行くのかというと、行きませんので、本書は読んでいてとても楽しかったです。

自然のまえに人間は非力で、畏怖を感じるところに不思議な話が入り込むのか、怪異譚も多く釣り以外の内容も豊富でした。

特に「ねずてん物語序説」とそれに続く「小森谷の一夜」が必読ものです。

「ねずみの天ぷら」が狐狸たちの大好物で、それを手に入れるためにはなんでもするという習性を利用した木樵の知恵(?)を大きいアマゴを手に入れたい著者が実践してみるというもので、あねさん被りをした狐や狸がいそいそと買いに来るのを想像すると笑ってしまいました。

以下、山人夫に聞いた説明を少し抜粋。

 

(化けた狐狸たちが入れ代わり立ち代わり天ぷらを買いにやって来る)

そこで法外な高値を吹っかけるわけだが、かれらは少しも値切らず、サッと手の切れるような紙幣を出す。それはたいてい木の葉にきまっているから、夢々だまされてはならない。まず四、五回は大声でどなりつけてやることを忘れるな。「なんじゃ、こんな木の葉っぱなんか持って来やがってーー。こんなものが天下に通用すると思ってやがるのか、バッカもーん!本物を持って来い、本物を!」と強硬に追い返すのだそうである。

かれらは剣幕に押されて引き退るが、てんぷらを売ってもらえるまで、根気よく何べんでも出なおしてくる。決してあきらめることをしないから、安心してどなりつけるがよい。気力の駆引だから、弱気になってはいけない。そうして夜明け方まで根くらべで頑張り通すのだ。東の空が白みかける頃まで売り渡しを拒否しつづけると、しまいには必ず本物の紙幣を持ってくるそうだ。

 

「バッカもーん!」と言われて退散する、でもめげない狐狸たちを想像すると面白いです。ねず天、そんなに美味しいものなのですね…。

実際にやってみて、記録を遺してくれた著者に感謝したいです。

 

その他に、禁漁期間には山を歩き廃村に泊まっていたそうで、そのレポートも興味深く読みました。

ダム建設により引っ越しを余儀なくされたり、便利さやお金を得るために住んでいた土地を離れて都会へ出て行った(行かざるをえなかった)りした人々がいた事を過去のことではなく現在に続いていることとして考えないといけないなと思いました。

著者の語り口や、魅力により引き込まれました。釣りが好きで、山が好きで、それを言語化して面白い文章にするというのは誰にでもできることではないと思います。また、復刻されていなければ読む機会もなかったわけで、それを読めた自分はラッキーです。

また、巻末の熱い解説が胸に迫りました。

 

本書は、読むだけで山や渓流や昭和の村へ連れて行ってくれる友人です。