橘芳 本との交友

読んだ本の整理を兼ねた本との交友録です。

谷川俊太郎『定義』

石井桃子さんは、子どもに歯ごたえのある本をすすめていらっしゃいましたが、この本は私にとって歯ごたえがありすぎて、歯が折れてしまうタイプの本です。

新品が売っていなかったため、古書を購入。定価の3倍程しましたが、どうしても読みたくて買ってしまいました。

私には非常に難解な詩の集まりです。

ところで、しばらく同じ文字を見つめていると、それが文字だという認識のタガが外れてわけがわからなくなる(私は「む」や「ぬ」で時々起こります)現象を「ゲシュタルト崩壊」というそうです。

同様に、本を読んでいるうちに自分の読解力が崩壊していくような気になる本があり、本書もそのひとつです。

ただ、わからないということは悪いことではないと思います。なんでもわかってしまっては本を読む楽しみが少なくなる気がします。わからなくても味わえればそれもまた楽しみになりましょう。

余談ですが、最近は古典の「図解」などと銘打った解説書がたくさんあるようです。ただそれを読んだとしても、その解説者の読み方をなぞるだけというか、もっと言うと解説者に読まされている気がして、私は食指が動きません。好きに読ませてけろと反発してしまうので。自分の解釈と比べる目的で読むのは面白いかもしれません。

もちろん、難解な本は時に不安を感じます。だって、読解力が崩壊したような気になるのですから…。例えば、丸山真男『日本の思想』を読んだときは「読んでいるのにぜんぜんワカラナイ!」と思いました。一読したあともワカラナイのですが、また読もうと思っています。わからなければ繰り返し読む。筋力トレーニングと同じ感覚です。

「崩壊」だと、なすすべもなくやられる感じがするので能動的にとらえて、こういった本を「読解力の破壊と構築本」と勝手に分類しています。(たしか金城一紀作品の中にこんな表現があった気が)

本書の分類で長くなってしまいましたが、前回の友人本、田村隆一『詩人からの伝言』で「なっ」がたくさん使われていたのを読んで、本書の「な」という詩(というか散文詩)を思い出しました。今のところ、やはりよくわからない詩なのですが、印象に残っています。

「りんごへの固執」「世の終りのための細部」が面白いです。今のところ。

私自身の好みかというと、実はそうではありません。何度も書きますが「読解力の破壊と構築本」なのですから、普段の読書よりエネルギーが必要です。それでも読みたいと思うし、時々これらの本を読むのも楽しいものです。

ただし注意点がありまして、真剣に取り組む価値のない本でこれを行うと、単なる読解力の破壊のみで終わってしまう危険性があります。

では、どうしたら取り組む価値のある本が見分けられるのか。

古典ならば、まずハズレはないと思いますし、たくさん本を読んでいると鼻が効くようになるとも思うのですが、もうひとつは「この人だったら信頼できる」と思える人が紹介(解説ではなく)している本かと思います。

私の場合、この本を読みたいと思ったきっかけは金田一秀穂さんのオススメ本として紹介されていたからでした。上述した『日本の思想』も、著書の中で金田一先生が、これを読んだことのない新聞記者について先生にしては厳しめに評していらっしゃったので、気になり読んでみようと思ったのでした。

もちろん、実際に読んでみて「まだ私には大人っぽいみたい」(大人ですが)、などと思う場合もあるし、ことによると「この人だったら信頼できる」という意見が変わってしまう場合もあるかもしれません。いいのです。とにかく読んでみて読もうかどうかを自分で判断し続けるのが大事。

本書は、『月刊日本語』(現在休刊)の2010年12月号に載っていた金田一先生によるブックガイドにおいて、紹介されていたのです。以下、本書紹介文。

 

学から離れて、言葉そのものへ。現代日本語の最高の使い手である詩人が、言葉と言葉以前のものとの格闘を、そのまま記録している。言葉に何ができて何ができないか。私たちの代わりにやってみせてくれている。とてもありがたい。

 

以前少し触れたことがありますが、私は、このブックガイドにおける金田一先生の語りかけを読んで、読書がもっと好きになりました。おそらく、この文章は書籍化されていないのではないかと思いますので、なんだかもったいない気がしています。本当は全部抜粋したいですが、以下一部。

 

本を読むのは、はじめは難しいかもしれない。ここで紹介した本は、どれも少々難しい。谷川さんの詩集も、めずらしく難解であるかもしれない。しかし、あきらめずに、ゆっくりと読んでいただきたい。時間をかけることを恐れることはない。本は待ってくれる。本はページの上でいつまでも同じことを語り続けているので、変わらない。いくら時間をかけてもいいのだ。

現代はあまりに忙しすぎて、早ければ早いほどいいと思われているけれど、そういう暮らし方に疲れている人は多分とても多い。本は生きている人と違って、その寿命は永遠である。しかも裏切らない。ゆっくりと時間をかけて、書かれていることを消化すればいい。人はそれぞれ違うけれど、個人差に対応してくれる。難しい部分は飛ばしてもいい。楽しめるところ、おもしろいところだけ読んでもかまわない。そういうことをされても、人と違って本は決して怒らない。

 

会ったこともない方が書いた文章を通して新たな本と出会える。面白い縁です。

おかげで、読書がもっと好きになりましたし、本書にも出会えました。

まだ読み続けているところで、本書の内容について私が語ることは特にありません。

面白い友人の一人で、楽しく気長に読み続けるのみです。

本書は、谷川さんの言葉との格闘を見せて、読解力に刺激を与えてくれる友人です。