橘芳 本との交友

読んだ本の整理を兼ねた本との交友録です。

幸田文『闘』

 

幸田文作品で、未読だったため手にとりました。日常の空き時間をあてての読書で、思いのほか読むのに時間がかかってしまいましたが、とても面白かったです。

幸田文の「正確な文章による丁寧な描写」を追うという、贅沢で密度の濃い読書時間が過ごせました。じっくり取材をされたのだろうなと感じました。

もう古本しか出回っていないようで、この本がなくならないでほしいと思いました。

舞台は病院で、様々な患者、医師、看護師、病院で働く人たちが出てくる群像劇です。結核の治療法の過渡期に罹患したり、発見が遅れたりした結核の長期療養の人が多いです。章ごとに変わる人や、章をまたいで出てくる人といろいろいますが、それぞれのエピソードが濃く、一人の人間としての様々な生き方に胸を打たれました。

病院という場所は、縁がなければずっと縁がないものですが、医師や看護師はもちろん、病気を患った人にとってはまさに生活の場であるのだなと感じました。そして、患者にとっては生きるための、働く医師や看護師にとっては人を死なせないための闘いの場であるのですね。

たくさんの患者が出てきたなかで、ずっと農業に携わってきた患者さんと、裁判官だったという患者さんの家族とのエピソードに、じんとしました。

もちろん、心の気持ちいい人ばかりではなくて、閉鎖的な場なので、無責任な噂や聞き耳も立ちやすく…これも人間ゆえなのでしょう。

そして、病気にまつわる悲喜こもごも(悲のほうがずっと多いけれど)は、病人だけでなく、その周りの人に波を起こすのも現実で、胸が痛くなった場面も多かったです。

そして、圧巻は主要登場人物である、長期療養の古株選手の患者さんでした。まさに題名を地でいった人。読むべしです。

本書は、病院という場所に関わり一生懸命生きる人たちを知ることができる友人です。