編集者、作家であり、また数々の絵本、児童文学の翻訳をされ、戦後東北で農業や酪農もされ、子どもの図書館をつくり、エッセイもたくさん書かれた…等々、言わずと知れた石井桃子さん。
名前を知らなくても、子どもの頃に絵本を介してふれあっていた方も多いのではないだろうか。
100歳のお誕生日には、皇后美智子様(当時)から御所のお花が届けられたそうだ。
そんな石井桃子さんが8年の歳月をかけ、86歳で書き上げたという本作。
若い頃に結核で死に別れた友人と、自らとの心のつながりを描いた長編小説である。
「あの人のことを知る人がだれもいなくなってしまうから」、とご本人がインタビューにこたえていらっしゃったそうだ。
このご友人については、エッセイでも度々書かれている。本当に大切な友人だったのだなと感じる。
余談だが、江國香織さんが食べ物にまつわるエッセイ(『やわらかなレタス』)で、柚木麻子さんが名作を紹介する本(『名作なんかこわくない』)のなかで、本書を取り上げていらっしゃるので、読後、そちらも手にとると自分以外の人の意見が読めて楽しいと思う。
もうひとつ余談を書くと、『ぐりとぐら』作者の中川李枝子さんに石井桃子さんが語ったことがあるそうだ。中川李枝子さんの文章を引用する。
先生はきちんと養生してらしたけど、九十五のとき、真面目な顔をして「中川さん、あなたに言っておきます」っておっしゃるから、何事かと思ったら「九十五になったらお気をつけなさい」って。九十のときはなんともなかった、でも九十五になったら老いを感じるって。それは私だけが知っててももったいない話だから、会う人ごとに教えてあげたら、みんな「九十五?」なんておどろいて(笑)。(『石井桃子のことば』P111)
私はまだ先だが、とても元気づけられるエピソードではないかと思う。
本作は、第一部が本当に読んでいて楽しい。魅力的で気の合う友人との楽しく心弾むさま、いつでも話す内容があり、笑い合う、そんな2人の交流にこちらも心明るくなる。
手紙のやりとりも多いのだが、読んでいると「ぢゃ」とか「をばさん」などの表記にも違和感がなくなり、これ以外ないと思えてくる。「ありがつて!」は彼女にしか書けなかっただろう。
昭和の前期というと、戦争があり暗い世の中というイメージがあったが、昭和初期は大正時代に女学生としてリベラルな教育を受けた女性たちが仕事を持って働いたり、また、東京のデパートなどでは華やかな商品が並び、洋服や洋食なども身近になったりなどし、活気のある様子だったそうだ(『ニッポンの主婦100年の歴史』より)。
話の途中、2人の友情に横入りする形になった男性を邪魔に感じつつも、素敵な人だとも思ったので、ラブ・ストーリーとして胸ときめく場面もある。
また、一方で、その後主人公が体現する生きづらさに胸が痛くなる。
第二部で、戦争が近づくにつれ周囲がだんだんと、きなくさくなってき、二・二六事件当日の町の様子や、市井の人から見た描写などが興味深い。
作者を執筆に向かわせたご友人の魅力、人生におけるほんのいっときの濃密な時間が伝わってきた。
楽しい時間が長く続くように願いながら読んでいた。
数年前に読んだときより、再読したいまのほうが共感や胸に迫るものが多かった。
もっと年を重ねると、特に第三部における主人公への感じ方など、また変わるのかもしれない。
これからも大切につきあっていきたい友人である。