橘芳 本との交友

読んだ本の整理を兼ねた本との交友録です。

吉屋信子『あの道この道』

執筆時、昭和初期。当時の少女たちが夢中で読んだという本書。

私が読もうと思ったきっかけは、田辺聖子さんのエッセイ『一生、女の子』で、吉屋信子さんの本が子どもの頃から大好きだと書かれていたからだ。

そうと決まれば先駆けて、内田静枝(編集)、弥生美術館(編集)『女学生手帖ーー大正・昭和乙女らいふ』(らんぷの本) を、大変興味深く面白く読んだ。

当時の女学生の生活や、学校生活の様子や、お悩み相談なども載っており、加えて豊富な写真やイラスト、当時の少女向け商品の広告などで、彼女たちに思いを馳せることができる本だった。

エスと呼ばれる「女子同士の友情以上、恋愛未満の感情もしくは関係」について、今回初めて知った。ちなみにエスとは “sister” の頭文字だそう。

明治から戦前にかけて自然発生したとのことが書いてあった。普段男子と接することのなかった少女達の、男子への憧れが素敵に美しく変じたものなのだろうか。宝塚歌劇団が人気になったのも、当時は男の俳優に熱を上げるなんてはしたない、不良だ、と言われる時代だったからだそうだ。

読んでいて、気に入ったのが、紹介されていた吉屋信子『乙女手帖』の一場面。

お嬢様の則子は、女学校の入学試験で、ある少女に心惹かれた。そして、入学後、その少女環(たまき)と同じクラスになり、仲良くなりたいのだが、環は則子に全く関心がない。そこで、ノートの切れ端に「お友だちになりましょう」と書き、小さく折りたたんで環の机の上にポンと放り投げた。

以下、その後を抜粋する。(冒頭の「それ」は、ノートの切れ端をポンと放り投げた行動のこと)

 それは則子自身、びっくりするほど大胆な行動で則子は恥ずかしさのあまり教室を

 とび出してしまった。

 次の時間、ふるえる手で開いた環からの紙切れには、たった一文字がはっきりと

 書いてあった。「諾」と。

なんて簡潔で少女らしからぬ返答!と吹き出してしまった。「諾」。

長くなったが、上記の本で予備知識を得たことにより、当時の少女たちに好まれた少女小説は耽美的イメージを抱くものが多いらしいとわかった。あと「エス」を扱ったものも多いようだ。

そういうのは少し腰が引けるな…と感じたため、いくつかの小説のあらすじを見て本書『あの道この道』に決めた。

生まれて間もなく取り替えられた子どもが、一方は大金持ちの家、もう一方は貧しい漁村の家で育てられ、それぞれが育ち、出会うというドラマチックな設定。

実際、この小説を下地にしたドラマがつくられたことがあったそうだ。

今なら、子どもについて疑いを持ったら、お金持ちの大丸氏はDNA鑑定をするのだろう。

しかし、そもそも母が亡くなり残された赤ん坊が、母乳をもらうために他人に預けられるなんてことが今ならないと気づく。

言葉や言い回しが古めかしいのだが、語りにリズムがあり、とても読みやすかった。

読んでいていふと髙田郁さんを連想したので、そういう雰囲気が好きな方なら本書を楽しめるのではないかと思う。

図書館で借りたあと、手元に欲しくなり探したが、古本しかなかった。買ってしまったのだが、やはり求めるなら新品がいいなと思う。

ちなみにその後、同著『暁の聖歌』『紅雀』も読んでみたが、私には少し耽美度が強く感じられ、そちらは一読で満足した。

本書は「あゝこの先どうなるの」と素直にお話に浸り、「とっても面白いね」と何十年も前の少女たちに話しかけたくなる友人である。