先日、枝豆を茹でて、井伏鱒二の「逸題」という詩を思い出しました。
こういうもの。
今宵は仲秋明月
初恋を偲ぶ夜
われら万障くりあはせ
よしの屋で独り酒をのむ
春さん蛸のぶつ切りをくれえ
それも塩でくれえ
酒はあついのがよい
それから枝豆を一皿
ああ 蛸のぶつ切りは臍みたいだ
われら先づ腰かけに坐りなほし
静かに酒をつぐ
枝豆から湯気が立つ
今宵は中秋明月
初恋を偲ぶ夜
われら万障くりあはせ
よしの屋で独り酒をのむ
(新橋よしの屋にて)
「われら」とか、「独り」とかが曖昧で不思議だといえるかもしれませんが、そんなのはどうでもよくて、読んでいて楽しいです。
私がこの詩、もっと言うと「詩人としての井伏鱒二」を知ったのは茨木のり子さんの随筆でした。
茨木さんのご主人がこの詩を気に入って、晩酌のときなどに、「春さん蛸のぶつ切りをくれえそれも塩でくれえ」などと叫んだとのことで、自分の詩はお酒を飲んでくつろいだ時に、ひょいと一節口ずさみたくなるようなものではないので嫉妬を感じたというようなことが書いてありました。
そして、一読してこれほど愉快になった詩集は、これまでになかったような気がすると評していらっしゃいました。
そんなの、読みたい!と探して購入。
結果、大満足でした。
井伏鱒二というと、『山椒魚』と『黒い雨』でしたから、茨木さんの随筆を読まなければ詩を楽しむこともなかったので、嬉しい出会いです。
あと、岩波少年文庫の『ドリトル先生』シリーズの訳もしていたということを石井桃子さんのエッセイで知りました。Do littleを「ドリトル」としたのも井伏訳だそうです。(「猫肉屋」は、原書どうなっているのかしら…)
一気読みというのではなく、ひとつひとつゆったりと、読むものだと思います。
漢詩の訳など、学生時代に知りたかったと思います。味わい深いです。ニヤッと笑ってしまうことが多く(「緑蔭」は、わははと笑いました)、何度も読んで楽しめます。
本書は、肩の力を抜いて日本語を楽しめる友人です。