橘芳 本との交友

読んだ本の整理を兼ねた本との交友録です。

養老孟司『養老孟司特別講義 手入れという思想』

 

養老さんの講演が文字になってまとまった本です。

今までいろいろと著書を読みましたが、養老さんの考え、主張がコンパクトに詰まっている本だと思います。

しかも話し言葉なので、お話を聴いている感覚で読めるのです。

ただ、内容が多岐に渡っているため、本書の内容を講演会の席で聴いていてその場でちゃんと理解できるかというと私は不安です。なので、繰り返し読める本になっていて嬉しいです。

全部の講演を通して共通する話題が扱われているので、読み重ねることで理解が深まります。

養老さんが考えに考えて定義したことが書かれていて、とても面白いです。

例えば、「戦後の日本」は何だったかというと「急速な都市化の過程である」という定義です。そう考えると、たしかに現代のいろいろな問題が腑に落ちます。

また、長年日本で行われてきた(もちろん現在も行われている)「自然との折り合い」、つまり、自分が作ったものではない「自然」というものを素直に認めて、それをできるだけ自分の意に沿うように動かしていこうとすること、それが手入れだと書いてあります。里山の例と、女性のお肌の例、子育ての例による説明がわかりやすいです。

その反面、都市では、設計図を引いてぱっと作る。こうすればああなる。だから、都市に住む人は疑問を抱いたら質問して、「じゃあどうすればいいんですか」と答えがひとつではないことについても問い質してしまう。そして、その答えを「それはね…」と対価を得て提供する人も多い気がします。(その答えの真偽も確かではないのにそれを当然のごとく受け取ってしまうならば、その脆弱さに不安を感じます)

どうすればいいかは、自分なりに考え続けていく、試行錯誤して問題とつきあっていく必要があるのでしょう。

知ることは知識を増やすことではなく、実は自分が変わることだという考えには、「知りたい」と思うことの意味を改めて考えさせられます。

読んでいると、養老さんは時間をかけて様々な疑問について考えてこられたのだなと感じます。

私も判断保留で考え続けていることがいろいろありますが、養老さんの考える姿勢や、その結果得られた考えは、頼りない自分にとって非常に刺激的です。

「全ての情報は止まっている」こと、言葉は、一旦言葉を作ると、ものが切れてしまうという癖を持っていることを、考える上で忘れないでいたいと思います。

これは20年くらい前の本なので、もしかしたら、講演当時から考えが多少変わっているかもしれないし、もちろん変わっていないかもしれないけれど、ある時点での熟考が確かに残っている。これを読めるのは喜ばしいことです。

本書は、養老さんのいろいろなお話を聞かせてくれる友人です。