橘芳 本との交友

読んだ本の整理を兼ねた本との交友録です。

米原万里『オリガ・モリソヴナの反語法』

 

タイトルからどんな本かを推測しようとするのは難しいのではないだろうか。「オリガ・モリソヴナ」とは人の名前だ。

物語の舞台はロシア共和国。日本列島の場所によっては隣国、とはいえ、ちっとも身近ではなく、なぜかなんとなく不気味で得体の知れない国に思う。

以前、日本語が達者なカザフスタン人と話していたとき、「(周辺に多く存在する◯◯スタンについて)スタンはだいたい同じです。でも、ロシアは恐ろしや〜うふふ」と楽しそうにお気に入りらしいダジャレを披露してくれていたが、周辺国の人が言うと真実味はあった。

私はロシアに行ったことがない。出不精なので今後行くこともないと思うが、米原万里さんのおかげで様々なロシアを想像することができた。

たくさんのエッセイ、対談、書評、また、子ども向けに書かれた(大人が読んでも楽しめる)『マイナス50℃の世界』まで、ロシア(ソ連時代も)について惜しみなく書かれたものが書物として残っている。それを読めることに、改めて感謝したい気持ちである。

本書は、著者の少女時代をベースにして書かれているフィクションだそうだ。文庫版巻末の対談を読むと、次回作として、プラハソビエト学校で出会った少年を主人公にした小説を構想されていたそうで、もうそれを永久に読めないのが本当に残念だ。

最初はロシア人の名前に慣れないが、だんだんと慣れてくれば、主人公と一緒にプラハやロシア(ソビエト)の過去と現在を追体験しているはずだ。物語のスケールが大きく、主人公がロシアに滞在するのはたった1週間ほどなのに、ずっと長く感じた。

本書には魅力的な女性たちが多く登場するのだが、誰よりも、オリガ・モリソヴナの描写は強烈で、魅力的だ。主人公たちが成人し、中年となってからも、なお謎として追い求めるのも納得する。読後、さまざまな場面において、オリガ・モリソヴナの口癖が浮かぶのではないだろうか。もちろん、実際に口には出しにくいのだけれど。

私は全くダンスができないが、ダンスの描写がいきいきとしていて、とても楽しそうだ。そういえば、主人公の回想する日本人バレリーナのモデルはもしかしてあの人…?と勘ぐってしまった。

印象的だったのが、強制収容所から出てきた女性が街で花を見つけたときのエピソードだ。また、読書が生きる糧になったというのにも胸を打たれた。

主人公と、多くのロシア女性のパワーが好もしく、読んでいるうちに元気がもらえた。

一方で、権力による無情な現実も書かれており、やはり「恐ろしや」と感じるところもある。

 

本書は、国と時代を越えて懸命に生きた人たちに思いを馳せ、物語にひたれる大切な友人だ。